マネーサプライ

先述の乗数効果は、一般に、財政政策における公共投資等の”投資乗数”に関して触れられる事が多いと思いますが、標記、マネーサプライ(M)と所謂ハイパワード・マネー(H)との関係、M/Hは、貨幣乗数(m)又は信用乗数と呼ばれ、ハイパワード・マネーからマネー・サプライが生じて行く”乗数効果”のプロセスは、特に、(銀行の)信用創造と呼ばれます。
*日銀は、マネーサプライを2008年6月の統計見直しに伴い名称をマネー・ストックに変更し、また、ハイパワード・マネーについてもマネタリ―・ベースと呼んでいます。

この信用創造のプロセスは、乗数効果に於いて1-cの消費の漏れ、即ち、貯蓄がキー・ポイントであった様に、貸出の漏れである貯払い(支払)準備(率)sがキー・ポイントとなります。

いま、この信用創造は以下の様に、表されます。
まず、初めにHのマネーが銀行券で日銀から市中に供給されるとする。
このHを受け取った個人(法人)aは、それを、現金(C)と預金(D)に分割して保有する事になるがこの際の、現金・預金比率をq(=C/D)とすると、個人aの現金・預金保有は以下の形となる。

個人aの現金保有;q/(1+q)*H、 個人aの預金保有:1/(1+q)*H
*H=C+Dに注意

ところで、この預金を預かった銀行Aは、支払準備率sに従い預金を貸出金と支払準備に振り分ける事になる。

A銀行の支払準備:s/(1+q)*H、A銀行の貸出金:(1-S)/(1+q)*H [第一段階]

さて、このA銀行の貸出を受けた個人(法人)bは、先のqの比率に従って、現金・預金に分割し、この預金を受け取った銀行Bは、支払準備率sに従って、この預金を、支払準備・貸出金に分割して行く事になる。[第二段階]

この過程が次々と繰り返される事により、信用創造がなされていく訳であるが、ここで、そのプロセスをみると、以下の形になる。

現金(通貨)の和:q/(1+q) *H + q(1-s)/(1+q)^2 *H +  ・・・・・

預金(通貨)の和:1/(1+q)*H + (1-s)/(1+q)^2*H + ・・・・・

支払準備の和:s/(1+q)*H + s(1-s)/(1+q)^2*H + ・・・・・

そして、このそれぞれの和は、各初項に対し、(1-s)/(1+q)を等比とする無限等比級数となることから、その和は、以下で表される。

現金の和:q/(q+s)*H

預金の和:1/(q+s)*H

支払準備の和:s/(q+s)*H

一方、マネー・サプライMは、現金(C)と預金(D)の和であり、ハイパワード・マネーHは現金(C)と支払準備(R)の和であるから、貨幣乗数mは以下となる。

m=M/H=(C+D)/(C+R)=(q+1)/(q+s)*

*この貨幣乗数は、(C+D)/(C+R)をDで除する事により、(C/D+1)/(C/D+R/D)につき、C/D=q、R/D=sである事からも、求められる。

現在、バズーカとも称される”異次元の金融緩和”が進行中ですが、これは、上記式のRを増加させる事により、上述、信用創造によりマネー・サプライを増加させ、これにより物価を上昇させ、デフレ脱却→企業収益増大→賃金増加→(個人消費)需要増大という一連の過程により景気拡大を図ろうとする意図に寄っていると思います。

しかし、上述の通り、信用創造の過程においては、ハイパワード・マネーの(追加)投入に伴い、これに応じた貸出金の増加が伴わなければ、次の段階には進まず、信用創造の過程は中断されます。
これは、上式よりも明らかですが、分母の増加に対して、商である貨幣乗数mがある程度安定的な数値であれば、分子、即ち、マネー・サプライは増加するが、mが一定、乃至、安定的であるとの保証はない訳です。
現に、アベノミクス施行前後の2012年と2014年の12月の準備預金平均残高を比較すると、43兆円から162兆円と4倍に急増していますが、貨幣乗数を試算すると、6.4から3.5に半減しており、マクロ経済情勢に記述した通り、この間のマネ-・サプライ、国内銀行貸出金残高は3%程度の伸びしか示していません。

所で、支払準備率sは、もともと銀行が預金の払い出しに備えて日銀に預けておく当座預金の、預金に対する比率である訳ですが、この法定の準備預金平均残高は、マクロ経済情勢に記述している通り、2015年6月で9兆円弱しか有りません。
従って、上の準備預金総額との差額は、所謂、超過準備預金と言われるものであり、この、超過準備預金を日銀が"供給”する事によりハイパワード・マネーを増加させる手法は、以前、2001年から2006年にかけ、”量的金融緩和政策”として実施された所です。

ただ、その政策名で実施された規模は、2001年2月の準備預金残高4兆円を40兆円程度までに引き上げるものであり、今回の”量的緩和政策”とは比較にならず、故に”異次元"の名前が冠されています。

そして、その”量的金融緩和政策”の効果は、今回同様、目途としたマネー・サプライは5年で12%程度しか増加せず、デフレ状態も脱却出来なかった訳です。

私は、この”量的金融緩和政策”が実施された当初は、まだ、"銀行"に勤務していましたが、この政策により、何故、マネー・サプライが伸びるのか、貸出が伸びるのか、よく分かりませんでした。
”準備率”を”引上げる”のは金融を引き締める為であり、緩和の為にはなり得ません。
私は、'79年から'81年迄、ニューヨークに勤務しており、ベトナム戦争に伴うクリーピング・インフレーションがギャロッピング・インフレーションに加速して行く事態に対応する為、その当時の連邦準備制度理事会議長ポール・ボルカ―が実施した「新金融調節方式」、いわゆるボルカー・ショックと呼ばれる金融引き締め政策により、毎週金曜日末に発表されるマネー・サプライM1の増加率に一喜一憂していた市場を、よく覚えていた為です。

もっとも、この時の”量的金融緩和政策”は前日銀白川総裁も認められている様に、拓銀・長銀等が破綻する金融危機の中にあって、流動性不足に悩む金融機関に対する流動性を供給すると言う金融システムの安定のためには効果があったとされています。(但し、この点が評価されるようになったのは、wikipidiaによれば、2008年・9年頃であり、私は、日経の「大機小機」を、いつ頃かはよく覚えていないが、多分その当時に読んで、成程と自分なりに納得した覚えがあります。)

翻って、現状における”異次元の金融緩和”の効果は、マクロ経済情勢に記述した通りでですが、7-9月期における二期連続した-成長見込みも出始める中、今月中にも、第3のバズーカ砲が発射されるのではとの観測も出始めています。

しかし、いずれにしろ、準備預金増大によるハイパワード・マネーの供給では、貸出金の増大・市中への有効な日銀券の供給ルート無しでは、マネー・サプライの増大、ひいては、物価上昇・景気拡大に結び付かない事は、信用創造のプロセス・現在までの”量的”緩和政策の経験から、明らかなものとなっているのはないかと考えます。