マネーサプライその2

さる10月末、日銀は市場から半ば予測・期待されていた第3のバズーカ砲・量的金融緩和の第3弾を発射・発動しなかった。
しかし、今月16日に米連邦準備理事会FRBが0金利政策を転換しFF金利の0.25%引上げを発表するや、18日に金融緩和”補強策”を公表した。これは、80兆円の資金供給規模は変えず、ETF購入額の増加や買入れ国債の平均残存期間の7~12年への延長等に止まるものであり、これまでの”バズーカ砲”並みの金融緩和の効力がないであろうと自ら認識している為と思われる。

この間、FRB の政策転換を見越した欧州中銀ECBは、今月4日に、従来の”少なくとも”16年9月から17年3月までの量的金融緩和政策の延長を発表すると共に、”銀行”のECBへの「余剰資金」の預入の際のマイナス金利を0.1%上乗せし-0.3%とする事も決定している。これは、12月4日付の日経記事によれば、「金融緩和で放出する資金が企業や家計に行き渡る様に銀行には融資の拡大を促す」為であるとしている。

マイナス金利政策は、スイス・スウェーデン・デンマークでも採用されており、「デンマークでは民間の住宅ローンにマイナス金利が発生した」(日経11月18日)と言われているが、その理論的裏付けは、例え金利が0%であったとしても、”期待”インフレ率がマイナスであれば、実質金利はプラスとなり資金需要・投資が拡大しない・景気が拡大しないと言う事であろう
これは、前回のマネーサプライで、「準備預金増大によるハイパワード・マネーの供給では、貸出金の増大・市中への有効な日銀券の供給ルート無しでは、マネー・サプライの増大、ひいては、物価上昇・景気拡大に結び付かない」と記している通り、マイナス金利を、「貸出金の増大乃至市中への資金供給」を実現する”手段”として活用すると言う事だと考える。
伊藤光晴教授は、その著書「アベノミクス批判」で、「(実質)利子率が低下しても、投資に直接的影響はない事が、実証的に例証されている」(p4~P5)と書かれており、マクロ経済学の一大支柱理論であるIS-LM理論について、ポール・グーグルマンとスエーデンの経済学者ラース・シルとの間に論争があり、後者が”Brilliant Gaget"と切って捨てているのに対して、前者が”モデル”である事を前提に単純化された結論には慎重であるべきだが、特定の(経済的)問題に対して有益な”洞察”をもたらすとして擁護していると言う。(キャピタル・マン;エミリー・エイキン;現代思想1月臨時増刊号2014vol12.17、P40)

所で、日本不動産研究所主催の講演会で、伊藤元重教授の講話を聴いたが、2時間弱を「1億人総活躍社会への展望と課題」との題目で話をするのはやや”荷が重い”として、所謂アベノミクスの話もされたが、(私が理解した限りにおいて)氏は、大学(院)生に話をされる時、①アベノミクス「五右衛門風呂」説と②異次元金融緩和「ルビコン」説(「背水の陣」説)と称して話されるそうである。

①は別の機会にするとして、②は、「本来乃至従来の買いオペは短期国債を買って、資金を供給するものである。何故なら、短期物であるから、短期の内に、国が償還してくれるからである。しかし、異次元金融緩和においては、長期国債を買う。従って、満期まで何年かは知らないが、国債は短期には償還されず、「出口」戦略が必要とされているが、(実際は)ない!!!
これを、学生に説明するに、「ルビコン」川を渡って、こちら側にいるという、つまり、もう向こう岸には戻れないという事である。何故なら、こちら側に渡るに当たった、橋を切り落としてしまっているからだ。(即ち、「背水の陣」)」と言うあらましである。

ただ、冒頭、FRBは”出口"政策を発動した。
しかし、これは、既に、13年12月から”Tapering"と称される資産購入額の漸減、14年10月からの新規購入額を0とする一方、満期到来分の再投資による資産残高の維持という、2年越しの”市場との対話"を重ねてきた上での発動であり、逆に言えば、これらの”準備”ができる経済的環境があったと言う事でもある。
それは、端的に、リーマンショック後の経済回復と言う事であり、12月24日日経「経済教室」中のグラフの如く、既に、米国個人消費は10年後半には”リーマン・ショック"前のピークを越えており、11年から15年(10月までのIFM推計)間の平均GDP成長率は+2.1%(15年第3Q前年比+3.1%)となっている。
また、マネーサプライは、米国においては、80年代全般とは違い、景気との関係性が”認められない”、所謂Decouplingしている、とされ、FRBの政策目標から除外され、M3についてはコストが便益を上回るとして作成されていないが、M1・M2の数値は入手可能である。そして、このM1・M2も15年11月対前年比で、7.3%・6.2%という高い伸びを示している。

日本では、15年7~9月期GDPが1次予測-0.8%から、主に設備投資推定値改定に伴い+1.0%に上方修正され、取り敢えず、”リセッション”入りの判断はtechnicalにも免れたが、M2は3%台の伸びに止まり、異次元緩和の程度とは程遠いものがある。
FRBの資産規模は、14年末でGDP対比約26%であるが、日銀のそれは、15年3月末で約61%と試算される。

この様な (異次元)金融緩和の成果の違いが何に起因しているかについては、FRBと日銀のBalance Sheetの違いにみられるのではないかと思われる。
即ち、FRBの資産は、14年(12月末)、対13年比、47百億ドル・12%増加しており、これを資産面のシェア―で見ると、国債50%・連邦―政府補助MBS54%となっているのに対し、負債面のシェア―では、連邦準備券21%・準備預金27%・リバースレポ41%となっている。
一方、日銀バランスは、15年(3月末)度、対14年度比、82兆円・34%増加しているが、資産面シェア―では国債87%(内長期国債80%)、負債面シェア―では、日銀券4%・準備預金90%である。

即ち、米国では、量的緩和の最終局面で連邦準備券=お金が、市中に21%も増えているのである!当然、これは、マネーサプライが増える事になり、景気が回復・拡大している事に他ならない。
日本では、幾ら日銀が銀行から資産を購入しても、単に超過準備として日銀に逆流しているだけで、市中には日銀券が4%しか増加していない。マネーサプライも増加しないし、力強い・実感される景気拡大にも繋がっていない!のである。

そして、これには、一つには、日米経済構造の違いがあると思われる。
即ち、米国のGDP構成比をみると、15年第3Qで民間最終支出68%・民間(住宅等)投資17%・政府支出18%・純輸出-3%であるのに対して、日本は、15年第2Qで、それぞれ、58%・16%・24%・2%となっている。
マネーサプライで記した、私がNYにいた70代年末80年代当初の日本の個人消費支出対GDP(GNP)シェアーは、米国のそれの60%に対し40%であったと記憶しており、その後、プラザ合意後の内需拡大策等を通じ、現状80年代の米国並みになっているとは言え、まだ、10%の開きがあり、これが、日本経済の公的セクター依存・輸出依存の性格となって(裏返しに)顕われている。
米国は、金融緩和により、消費を刺激してやれば自ずと景気回復・拡大に繋がるのに対して、日本では、金融緩和をすれば円安となり輸出企業は高収益を上げたとしても、財政難の政府の出番は自ずと制限され、企業投資も”需要拡大(=個人消費拡大)”が不確かな限り内部留保に走り、中々、確かな景気回復・拡大には結び付かない、と言う事ではないのかと考える。
無論、Twin Deficitと問題にされて久しく、基軸通貨国である故可能な「世界から資金を還流させる買い掛けで生きてきた」(エマニュエル・トッド:ドイツ帝国が世界を破滅させる)米国ならではあるが

更に、二つ目としては、日米両国の金融構造の違いがあると思われる。
即ち、米国は間接金融構造;証券市場、ウォ-ル街が発達していると言う事である。
無論、世界的な0金利政策・異次元金融緩和策が採用されるようになった契機がリーマンショックであるが、この間接金融の発達が、FRBが資産購入できる資産の奥行きを担保していると言う事である。
FF金利の上昇誘導は、現状保有している国債等の売却は市場をVolatileにしかねかねないので、当面、満期償還分は再投資をして現状を維持し、10年位の期間をかけて資産規模の圧縮を図っていき、この間は、技術的には、準備預金への付利水準のup及びリバース・レポにより行っていくとの事であり、実際、先の12月24日付け日経「経済教室」では、FF金利が0.15%水準から0.37%まで上昇し、出口政策の有効性が確認されつつあるとの事である。
この、レバース・レポにより先の通り、FRBは14年の負債増加の41%を賄ってもいるが、この資産にしろ負債にしろ、増加させ得る証券市場の厚みがある訳である。
片や、我が国では、バブル期においては証券市場の拡大が目指されたものの、バブル崩壊後は、再び間接金融主体の金融構造に逆戻りした感があり、日銀が資産拡大を図っても、主体は国債にならざるを得ず、既に国債発行残高の30%を購入している量的緩和策は、17年~18年に限界に達するとの予測が、IFMワーキングペイパーに公表されている訳である。

無論、現状の我が国にとって、出口戦略の有無・実効性よりも、異次元の量的緩和政策を奏功させる事の方が喫緊の課題であるが、この点、先の伊藤教授の講話では、「公的にはやる事はやったと言う事で、結局、民がやっていく必要がある。今後、生産人口は、毎年1%づつ6%まで減少して行く。従って、2%の物価上昇目標からは、生産性が3%づつ向上して行かなければならない。この生産性成長を果たしていけない企業は淘汰されると言う事である。それが、”1億人総活躍社会"と言う事」と話されている(と理解した)

結局、乗数効果に関わる財政・金融政策は、モデルとして”洞察”はもたらすが、前提たる経済環境をよくよく把握しておかなければ、Brilliant Gagetと化す可能性も大きいと言う事なのであろうか