乗数効果

今は隔世の感がある民主党政権下、時の総理である管直人氏が国会答弁中、標記乗数効果について質問され、確か、氏は東工大卒の弁理士資格をお持ちの筈であるが、満足な回答が出来ず、自民党伊吹前幹事長から、逆に、一国の総理に対し、その様な"無礼”な質問をすべきではないと、質問した自党の代議士をたしなめる事があったと記憶している。

無論、乗数効果は、近代経済学[マルクス経済学に対置する言い方だが、ソ連邦崩壊後もこの様な表現は生きているのだろうか?今は、単にマクロ乃至ミクロ経済学なのかも知れないが]のイロハを勉強した方であれば、当然、承知の概念であろう。

これは、下図の如く、Yf-Y*の需要不足の不完全雇用経済下、需要ΔGを外生的に投入すれば、完全雇用経済が実現し、その際、(限界)消費性向をcとすれば、投入すべきΔGは、需要不足の(1-c)倍であり、需要不足額そのものではない事を言う。

 






 

 

即ち、消費性向が0.8であれば、乗数効果は、投下需要の5倍であり、消費性向が0.9であれば、10倍となる。

そして、この乗数効果は、以下の様に説明される。
政府支出等が外生的に1増加すれば、所得Yが1増加する[図ではΔGに対応するY1-Y*](第1段階)が、この1の所得の内(1-c)は貯蓄され、残りのcが消費される事から、cの所得が新たに生ずる(第2段階)。同様に、このcの所得からcの2乗の所得が生じ(第3段階)、等比級数的に、最終的には1/(1-c)の所得増大になる。

この乗数効果は、リチャード・カーンがもともとは雇用乗数として導入したが、ジョン・メイナード・ケインズがのちに投資乗数として発展させたとされ、有効需要原理と合わせケインズ経済学の要の概念の1つとなり、財政(投融資)政策の根拠となっている訳です。

しかし、所謂失われた20年の中で、相当の財政投融資・公共投資が行われたにも関わらず、"デフレ経済”が直近の”アベノミクス”までは好転の兆しを見せなかった事から、この乗数効果(⇒財政政策)への疑念が少なからず呈されている訳ですが、ネットで検索してみると、(限界)消費性向が大体0.6程度・乗数は(実質で)2.5倍程度ではないかと推計されている様です。

所で、上述の通り、乗数効果は段階的に発揮され、最終的にある乗数となる訳ですが、例えば、例示のcが0.9の場合は第三段階では、乗数値は2.7で最終乗数値10の3割にもなりません。8になるのが第16段階・9.5になるには第28段階目当たりです。

一方、日本の(限界)消費性向値と大体推計されている0.6の場合、第3段階で乗数値は約2となり、最終乗数値2.5の約8割となり、第6段階で既にその95%となります。

cは、(限界)貯蓄性向と合わせて1になるのですから、貯蓄性向が低いほど乗数効果が大きくなる事から、貯蓄のパラドックスと言われますが、逆にと言うか、貯蓄性向が高くなるほど、それに応じた乗数効果の発現度は、少ない段階で大きくなり、ミクロ的感覚と合っていると言う事になります。

しかし、乗数効果の問題点と言うか、laymanとしての疑問は、この”段階”と言う事です。段階はstep乃至sequenceと言う事になろうかと思いますが、これは、当然、時間的経過を伴うものであり、1段階は、1年なのか、1四半期なのか、1月なのか、1日なのか、と言う事です。

上述、乗数値の推計では、統計的処理にしろ理論モデルによる場合にしろ、概ね1年を単位とされているようです。

とすれば、日本では、財政投融資がその乗数効果を発揮するには、概ね3年~6年かかると言う事になり、その間にも、財政投融資は継続的・追加的になされている訳ですから、単年度における財政投融資の乗数効果が本来的に把握し得るものであるのかどうか

この点、VARにより計測された90年代前半の乗数効果は2倍未満と言う低いものであるが、これは、ケインズ的経済不均衡ではなく、古典派経済学的均衡アプローチと親和した発想(のモデルによるもの)であり、長期的GDP成長率と公的支出伸び率が一致すれば、「GDP÷公的支出=名目乗数値」になるとし、日本では5倍前後が合理的帰結ではと、「積極財政宣言」の著者島倉原氏はされています(2013年7月26日&8月2日;乗数効果をどう考えるか)

現下のアベノミクスにより20年に渡る”デフレ”経済を脱却したのかどうかは脇に置くとして、いずれにしろ、この間の財政政策では、その規模が不十分であったのかどうか、デフレ経済を脱却する乗数効果を発揮出来なかった事は間違いないと言えるのではないでしょうか

そして、この点については、乗数効果に係るlaymanとしての第二の疑問があるのですが、やや長くなりましたので、乗数効果その2に書いてみたいと思います。